ッ!!」

呼ばれても振り返ることのない背中に焦りを覚え、伸ばされた手は少年の背を滑り、そのまま勢いよく抱きついた――
というよりほぼ突進したといった方が正しい勢いで、衝撃に思わずよろけるの体に、必死にしがみついた。
?!」
なんとか突然の衝撃に持ち堪え、その場に踏みとどまったの表情は驚愕に揺れていた。
重なった視線は――その蒼い瞳からは驚きと、それから―――
「……?」
後ろから抱きつく形のまま、振り返った少年の表情に泣きそうになった。










programma3. deriva 3 - 漂流 -












「ごめんね。」


を見下ろしたままのに向かってぽつり、と零れた言葉。それは今の彼女にとって精一杯の言葉。
未だ呼吸の苦しい状況で、それ以上もそれ以下も言葉が浮かばなかった。
「……。それは何に対して?」
何に対する謝罪なのかと問われればきっと数え切れない程の余罪を並べる事が出来るだろう。心当たりは多すぎる。
は何に対して?」
そんな顔をしているの?
見上げたから返事が返ってくることはない。怒っている、
筈なのにいつも以上に表情の読めないのは拒絶されているからだろうか。
ぎゅ、としがみつく手に力をこめる。
「私は、後悔してる。」
瞳が静かに揺れた。言葉は静かに風に乗って。
「どうしていつも、こんなに達に迷惑ばっかかけて」
困惑、動揺、驚き?
「ついて来ても役になんか立たないし。」
武術にも魔法にも長けているわけでもないのに。
「こうやって心配させて、こんな表情しているにも何もしてあげられない。」
揺れる蒼い瞳は、を捉えて離さない。
「私は。」
原因が自分だというならこんなにも愚かなことはない。

(あんたはいつも役立たずで迷惑ばっかかけるんだよな)


だから早く離れようと思ったんだ。なのに。
「…なのに私は。」
風がさらり、と優しく髪を撫でていく。優しい香りがした。貴方はいつも優しいから。
の後ろ姿を見て、わかった。」
目の前の瞳を見上げて、かち合う瞳が、揺らぐ。揺らいでいたのは自分自身だと気付いた。
「誰かに置いて行かれるのがこんなに辛いってこと。」
気付いてしまった。こんなにも苦しいこと。
「ごめんね。」
気持ちと反して心の中がざわざわと落ち着かない。心の奥で警告の鐘が鳴り響く。
「……… 。」
「は、はい!」
「そんなに畏まらなくても、もう怒ってないんだけど。」
そう言ってさらりと温かいものが頭を撫でる感触がする。顔をあげると吹き出しそうなが確認できた。
?!」
「でもまあ、そこまで解ったんだったら許してあげよう。」
再びくしゃくしゃと頭を撫でられる。
「わ、ちょっと!髪乱れる!」
「……寝癖ひどいよ」
「!!!」
いくら相手がだとはいえ、寝癖で動き回るなんて年頃の女の子として如何なものか。
もちろんタルやケネスやチープーにも見られたのだろうな、慌てて手櫛で整えつつ、無人島で良かったとつくづく思う。
「そろそろ戻ろうか、皆心配してるだろうし」
「というか冷や冷やしてるんだと思うよ……」
するり、と頭上にあった手が下がり、肩に置かれ、
「誰のせいで?」
「はいすいません!」
これ以上は不利(もとからだが)だと焦りながら肩に置かれた手を取り、無理矢理引っ張って歩き出す。
歩るく度にしゃりしゃりと音をたてる砂浜を人一人引っ張るのはなかなか疲労が溜まるもので
最初のうちは為すがままだったが急に立ち止まった時は、つんのめりそうになった。

。」
驚いて振り返ると、真剣な面持ちで立ち尽くすがいて。
「どうしたの?」
その表情は何処か苦しそうに見えた。
「……もし俺が……。」
真剣な眼差しはを映しているようで、もっと遠くの何かを視ているような感覚。
?」
「いや…なんでもない。」
何かを言いかけて口をつぐんだは今にも何処かに消えてしまうような気がして
再びさっきまでの胸騒ぎがざわり、と押し寄せる。
繋がれた手に力を込めると、強く握り返してくれた事に安心を覚えた。
そうしてが再び口を開こうとする前に今度はが手を引いて歩き出す。
それは彼の拒絶のような気がして、触れてはいけない気がして、言葉を飲み込んだ。
胸の痛みをどうにかしようと少年の背中をじっと見つめながら歩く。
その背中は何か重いものを抱えているようで、とても遠いいように感じて。

結局私は何もしてあげられないのだろうか。
こうして後ろから見守ることしか出来ないのか。







あの時はまだの背負った宿命に気付くことができなかった。
苦しむ彼に気付いていながら何も出来ない自分の愚かさに。
今だって何も出来やしない自分の愚かさに。

まるで真実に気付かなかった愚かな自分。

後悔は果てることなく螺旋のように続いている。









「そういえば、最悪ってなに?」
「何のこと?」
「目が覚めたときに叫んだだろ?」
あれには吃驚したんだけど、と言うの証言にはまるで覚えがない。
「そう言えば、何か夢をみてたような?」
もの凄く大事な夢を、見た気がする。
「夢、ねえ」
はあ、とわざとらしいため息が聞こえ
「その夢のおかげで随分安眠出来て良かったんじゃないか?」
それこそ5日間も、何したって目を覚まさないくらいに。
「は?一体何したんですか。」
そういえばさっきから酷い頭痛がするんですけども何か関係あるんですか。
「何で目を反らすの?」
「……ごめん、寝癖あるっていうの嘘」
「!!!最悪!!」
「また」
「すみません」






                                                            2007.1.4
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